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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)16483号 判決

原告 破産者安部邦夫破産管財人八木良和

被告 文部省共済組合

右代表者文部大臣 塩川正十郎

右指定代理人 遠山廣直

同 森和雄

同 羽田喜次

同 月岡英人

同 上戸敏信

同 今津範通

同 松本仁

同 中井珍次

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告は、原告に対し、金五一〇万〇、三六四円及びこれに対する昭和六一年七月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 訴外安部邦夫(以下「訴外安部」という。)は、昭和六一年三月二九日東京地方裁判所に自己破産の申立てをし、同年四月一五日同裁判所において破産宣告を受け、同日原告がその破産管財人に選任された(同裁判所昭和六一年(フ)第二一二号破産事件)。

2. 訴外安部は、文部省職員として、大阪教育大学に勤務していたが、昭和六一年三月三一日をもって退職し、同日同大学長は、訴外安部に対し、金七三九万四、二八〇円の退職手当金の支給決定をした。

3.(一) 訴外安部は、被告に対し、昭和六一年三月三一日、訴外安部が被告より借り受けていた未返済貸付元利金五一〇万〇、三六四円を退職手当金より優先弁済することを約する旨の確約書を提出し、国に対し、退職手当金から右未返済貸付元利金を被告に支払うことを依頼する旨の控除依頼書を提出した。

(二) 国は、被告に対し、同年四月一日控除依頼書に基づき、退職手当金の内金五一〇万〇、三六四円を訴外安部に代わって支払ったが、国の支払行為は訴外安部の支払行為と同視すべきものである。

(三) 被告は、同日訴外安部に対する右貸付元利金債権と、国より支払を受けた右金員の訴外安部に対する支払債務とを相殺した。

4. 訴外安部は、確約書及び控除依頼書を提出した当時、右行為により、破産債権者を害することを知っていた。

5. 被告は、訴外安部が確約書及び控除依頼書を提出した当時、国が被告に対し訴外安部に代わって金五一〇万〇、三六四円の支払をし、被告が右支払行為により訴外安部に対し同額の債務を負担した当時、訴外安部が支払を停止しており、自己破産の申立てをしていることを知っていた。

6. 原告は、被告に対し、訴外安部のなした確約書及び控除依頼書の提出行為並びに訴外安部の行為と同視すべき国の被告に対する支払行為が破産法七二条一、二号に基づき否認すべき行為に当たり、さらに被告のなした相殺は同法一〇四条二号により許されないから、昭和六一年七月二日到達した書面で金五一〇万〇、三六四円を右書面到達後七日以内に支払うよう催告した。

よって、原告は、被告に対し、破産法七二条一、二号又は同法一〇四条二号に基づき被告が国よりその支払を受けた金五一〇万〇、三六四円及びこれに対する催告による弁済期限の翌日である昭和六一年七月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する答弁

1. 請求原因1の事実のうち、訴外安部が昭和六一年四月一五日東京地方裁判所において破産宣告を受け、同日原告がその破産管財人に選任された事実は認め、その余の事実は知らない。

2. 請求原因2の事実は認める。

3.(一) 請求原因3の(一)の事実は認める。

(二) 請求原因3の(二)の事実のうち、国が被告に対し、昭和六一年四月一日、訴外安部に代わって退職手当金の内金五一〇万〇、三六四円を支払った事実は認め、その余の事実は否認する。

国の右支払は、国家公務員等共済組合法(以下「国公共済法」という。)一〇一条二項に基づき当然に直接被告に対しなされたものであり、訴外安部の支払行為と同視されるものではない。

(三) 請求原因3の(三)の事実は否認する。

4. 請求原因4、5の各事実は否認する。

5. 請求原因6の事実のうち、原告が被告に対し昭和六一年七月二日到達した書面で金五一〇万〇、三六四円を右書面到達後七日以内に支払うよう催告した事実は認め、その余は争う。

三、被告の主張

破産手続において差押禁止財産は破産法六条三項により原則として破産財団に属しないとされているところ、退職手当及びその性質を有する給与に係る債権については民事執行法一五二条二項により、その給付の四分の三に相当する部分の差押えが禁止されており、退職手当及びその性質を有する給与の給付の四分の三に相当する部分は破産財団とはならずに自由財産となる。

訴外安部に対する源泉控除後の退職手当金は金七三六万一、〇六〇円であって、被告が国から直接支払を受けた金額は右退職手当金の四分の三に相当する金五五二万〇、七九五円の範囲内にとどまるから、右支払はは破産法七二条二号の否認権行使の対象外のものであるし、同法一〇四条二号の相殺禁止の規定も適用にはならない。

四、被告の主張に対する原告の反論

被告の主張は争う。

国の被告に対する退職手当金の内金五一〇万〇、三六四円の支払は、訴外安部に支払うべき退職手当金を現金化した上で行われたものであり、被告に対し退職金債権を取得させたものではない。訴外安部が右退職手当金を金銭として取得した場合は、民事執行法一三一条三号、同法施行令一条により金二一万円を超える金額は差押対象財産となり破産財団に属することになるのであり、本件の場合も既に現金化された退職手当金が被告に支払われたものであるから右の場合と同様に考えるべきであり、被告に支払われた金五五二万〇、七九五円が自由財産となり破産財団に属さないとの被告の主張は理由がない。右のように解さなければ、民事執行法一五二条が定める差押禁止債権の規定は債務者の利益のためではなく、共済組合等の一部債権者の利益のための規定となり不合理であり、しかも、国公共済法一〇一条二項を共済組合に特別の効力をもつ担保権を認めた規定と解することもできない。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因1の事実のうち、訴外安部が昭和六一年四月一五日東京地方裁判所において破産宣告を受け、同日原告がその破産管財人に選任された事実は当事者間に争いがない。〈証拠〉によれば、訴外安部が昭和六一年三月二九日東京地方裁判所に自己破産の申立てをした事実が認められる。

請求原因2及び同3の(一)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二、請求原因3の(二)の事実のうち、国が被告に対し昭和六一年四月一日退職手当金の内金五一〇万〇、三六四円を訴外安部に代わって支払った事実は、当事者間に争いがない。

そこで、まず、国の被告に対する支払行為が破産法七二条二号の否認の対象となる訴外安部の支払行為と同視すべきものといえるか否かについて判断を加える。

国公共済法一〇一条二項は、組合員(組合員であった者を含む)が組合に対して支払うべき掛金以外の金額があるときは、給与支給機関が報酬その他の給与(退職手当金を含む)を支給する際、組合員の報酬その他の給与から右金額に相当する金額を控除して、これを組合員に代わって組合に払い込まなければならない旨規定しており、組合員が組合から金員を借り受ける際及び給与支給機関が右決済方法を採る際における組合員の承諾の有無にかかわらず、給与支給機関は右規定に従い当然に組合に対し組合員の報酬その他の給与から直接支払う決済方法を採らなければならないのであり、法定された方法以外の決済方法を選択する余地はない。

本件における国の被告に対する退職手当金の内金の支払も右決済方法に従ってなされたものであり、国公共済法一〇一条二項の規定の効力に従い機械的に右支払がなされたとみるべきであり、これを破産者である訴外安部の行為と同視すべきと考えることはできない。

なお、前記一の当事者間に争いのない事実によれば、国が被告に対し退職手当金の内金を支払う前に、訴外安部から国は控除依頼書の提出を、被告は確約書の提出をそれぞれ受けている事実が認められるが、国公共済法一〇一条二項が控除依頼書や確約書の提出を要求するものではなく、右各書面の提出がなくても国が組合に報酬その他の給与から直接支払う決済方法を採らなければならないこと並びに〈証拠〉によれば、被告において事務処理の円滑化及び本人の便宜に配慮して国が被告に対し退職手当金から未払貸付金を支払う場合には組合員になるべく事前に連絡することとの指導に基づき控除依頼書及び確約書の提出を求めている事実が認められることに照らすと、確約書及び控除依頼書の提出は組合員の便宜を図る事実上の取扱いにすぎないと認められるのであり、右提出の事実をもって前記認定を覆えすには足りない。さらに、本件全証拠によるも、訴外安部が破産申立て後に国と通謀し、又はこれに加功して被告に対し本件退職手当金を支払わせた事実を認めることはできない。

そうすると、国の被告に対する退職手当金の支払は破産法七二条二号の否認の対象とはならない。

三、次に、訴外安部の確約書及び控除依頼書の提出行為が破産法七二条一号の否認の対象になるか否かについて判断を加えるに、前記二のとおり確約書及び控除依頼書は組合員の便宜を図るための事実上の取扱いとして提出されたものにすぎず、これに基づいて国から被告に対し退職手当金の内金の支払がなされたものではないから、訴外安部の確約書及び控除依頼書の提出行為は破産法七二条一号によって否認の対象となる破産者の行為には当たらない。

四、請求原因3の(四)の事実については、国公共済法一〇一条二項が前記のとおり訴外安部の被告に対する債務を国が同訴外人に代わって支払うという決済方法を定めたものであり、国の被告に対する本件支払により被告が訴外安部に対して債務を負うことはないから、被告が訴外安部に対する貸付元利金債権と国より支払を受けた金員の訴外安部に対する支払債務とを相殺した事実は認められず、破産法一〇四条二号により被告のなした相殺は許されないとの原告の主張は理由がない。

五、付言するに、訴外安部の国に対する退職手当金請求権に関し、民事執行法一五三条による差押許容範囲の拡張の申立て及びその許可がなされたとの主張立証はないから、同法一五二条二項によりその四分の一だけが一般債権者のための責任財産として差押えが許されるにとどまり、四分の三の部分は差押えの許されない財産として訴外安部の自由な処分に委ねられていたところ、前記一の当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、国から被告に支払われた退職手当金は金五一〇万〇、三六四円であって、源泉控除後の退職手当金七三六万一、〇六〇円の四分の三の範囲内にとどまる金額であることが認められ、右金額は民事執行法一五二条二項によって差押えが禁じられており、訴外安部の自由財産となるべきものであったから、国の被告に対する支払行為は否認権行使の対象外であるし、右金額につき破産法一〇四条二号の相殺禁止の規定も適用にはならないというべきである。

原告は、国の被告に対する退職金内金の支払は訴外安部に支払うべき退職手当金を現金化した上で行われたものであり、被告に対し退職手当金債権を取得させたものではないから、国が被告に対し支払った金額は民事執行法一五二条二項により差押えが禁止されたものとはならず破産財団に属すると主張するが、しかし、本件において退職手当金が実際に訴外安部に対する現金の交付その他これと同視すべき支払方法が採られ、退職手当金債権がその履行により差押禁止の範囲を異にする現金ないしその他の種別の財産に転化したのちにおいて、転化した新たな種別の財産の処分として被告に対する支払が行われたものではなく、国から被告に対し退職手当金の内金が直接支払われるという方法が採られたのであり、右のような支払方法が採られた場合、国において退職手当金を現金化して被告に対し銀行振込みの方法により支払われたとしても、これを差押禁止の範囲を異にする現金ないしその他の種別の財産に転化したのちの支払であると評価すべきではなく、原告の主張は当裁判所の採用するところではない。

三、以上によれば、原告の被告に対する本訴請求は、いずれの理由によっても認められないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 前田順司)

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